火はまだ消えていない/『光る闇・冥府の月』後記





リオオリンピックにすっかり夢中になって、だいぶ日が空いてしまったけれど、8月11日の「光る闇、冥府の月」はお蔭さまでたくさんの方々にご来場いただき、無事に終えることができた。ほかの出演者や、会場でお手伝いいただいた方々ともども、とてもいい時間を過ごすことができたのではないかと思う。関係者には心から感謝を捧げたい。

以下、公演の前後になんとなく考えていたこと、いま書いておきたいことを記す。

何回目かの公演の打ち合わせの帰り道、ふと高校生のころ、国語の授業で「自殺とは想像力の断絶のことだ」といった教師の姿が印象的だったことを思い出していた。その後自分は占星術を学んで、実践するようになって、そこで語られていることが徹頭徹尾サイクル論であることが分かってくるにようになるにつれ、たえず循環し巡っていく宇宙の円相は、人の頭ではなかなかその通りに捉えきれないことも分かってきた。

うっかりしていると、日々の現実と同様、宇宙もまた、過去から未来へと延びる退屈な直線に固定化されがちで、せいぜい八方破れのかすかな破線でその本来の軌道をたどるのが関の山であること、それも多くの場合すぐに忘れ去られ、現実の慌ただしさの中で自分自身の在り方もまた再び直線化してしまうことなどを色々な場面で痛感するようになってきた。そういう意味では、やはり人間は緩慢に自殺する生き物なのかも知れないし、ここのところ占星術のやっていることも破綻しきった線をあてどなくなぞるだけの徒労に過ぎないのではないかと感じることもあった。端的にいって、想像力が断絶しかかっていた。

半ばそれを跳ね返すようなつもりで、公演の冒頭、空高くあがる半月の図像を投影するとともに、古くから韓国の海岸部に伝わってきた歌と踊りの原始集合芸術である「カンガンスルレ」の音声を流した。日本でいうお盆の時節、月のあがった晩に女性たちが円陣を組んで、夜通し踊り続けるのだという。彼女たちにとって月は自分たちの肉声と恨(ハン)を聞いて受け止めてくれる先祖であり、祈る対象であり、そして共鳴し一体化することによって自分を解放してくれる導きの糸でもあった。それがどこへ繋がるか。8月11日の真夏の半月の晩も、それは身体の動きに、踊り手に任され、昇華されていったように思う。

公演を終え、結果的には、人の想像力はまだまだ捨てたもんじゃない、と自然の背筋が伸びるような感覚が改めて自分の中に湧いてきた。天体、月、星をめぐる「舞」と「星読み」、「切り絵(境界剪画)」のコラボが講演のテーマだったが、踊り手も語り手も作り手も、何をどうするべきか真剣に悩んで、そこに何がしか相感じあうものがあったからこそ、作為を超えた展開の妙や不思議さ、怪しさおもしろさが、ぎくしきゃくとした齟齬や緊張によって生じる隙間を埋めるように湧いてきてくれたのだろう(そういえばリハではかみまくり、固くなって全然うまくしゃべれなかった)。

人が集い、場が開け、月星を語り、影絵が映され、人が踊る。そこでなぜかは分からないけど、気持ちがゆらゆらして、伸びやかになった。星も踊りも、今回は影絵も一緒になって、くるくるくるくると回っていた。円を見るとき、視線の軌跡は自然と螺旋を描くそうだが、あの時あの場では、自らを貫く直線はゆるやかなカーブを描いて、月の向こうの彼方遠くをへ回り、後頭部のどこかへ戻ってきているような感覚が共有されたような気がした(これを“思い当たる”とも言う)。そういう感覚が集団で共有された場は、なんとも言えない磁力が宿る。無数の円相、無数の中心、至るところにある渦、その気配……。

それは一つの終わりを暗示する、死のある世界。同時に、そこになにか明るく深い、透明な萌芽のようなものを感じて(もののけ姫ダイダラボッチってこんな感じなのかな)、また絶えることなく生きていけるという感覚を得たのかも知れない。これも土星海王星の相克から生じてくるものの一つだろうか。

ただ少なくとも、そうした“感じ”というのはイデオロギーとして、自分を棚上げにした議論の中で確認されるものでは決してない。あくまで中心に自分を置いたコスモロジーを通して感じあい、交歓しあうものだ。おそらく、それこそ占星術にかかわる者が目指す恩寵なのだろう。そして人とタイミングとが共にそろった舞台では、そこに一瞬光が当たる。電子や光が、人に観測されると、波がちぢまって粒子としての姿をあらわすように。

いまはもう、粒子が再び波となって広がるように、それも闇の中へと消えていったけれど、祭りというのは本来そういうものだ。時が移ろい、人や関係性は変わっても、いずれまた舞台は整う。きっと自分もまたそこに出会える。想像力の火はまだ消えていない。今そんな気がしている。


『光る闇・冥府の月』~GIFT vol.3~
開催日:2016年8月11日
場所:Half Moon Hall
出演者:
Emine(踊り)
香織(舞)
Yoshika(dance)
SUGAR(星読み)
杵淵三朗(境界剪画)

写真:
Macoto Fukudaさん
唐亨さん
山下潤さん