本の帯とアスペクト
地球から見た時に或る惑星同士がとっている一定の角度のことを、占星術では「アスペクト」と呼ぶ。これはもともとラテン語で「見ること、注視」などを意味する“aspectus”に由来した言葉で、惑星同士がたがいに視線を交わし「アスペクトする」とき、その角度の種類(つまりどんな視線か)に応じて、両者は協力的ないし対立的に働くとされている。自分はそんなアスペクトを、占星術を勉強し始めた頃からとりわけ魅力的だと感じてきた。
1947年に出ているNicholas deVoreの『Encyclopedia of Astrology』によれば、古い時代には“Familiarity”とも呼ばれていたようで、これは「よく知っていること、精通、親密さ」という意味だ。視線が通い合った惑星同士の臨場感を、実になまなましく表してくれているように思う。
シンボリズムにおいて、光が「知性」を表すとすれば、目は「知性を受容する機能」であり、「認識」そのもの。あるいは「心の窓」であり、「愛」の宿る場所でもある。そんな目からビームのように発された視線が交わることで、受容や反発や軽蔑や憧憬が発露して、そこから様々なドラマが展開されていく。逆に他の誰か何かの視線と交わらなければ、あるいは誰からも見られもせず、誰の目ものぞき込むことがなければ、出会いも別れも起きはしない。何も始まらず、何も終わらないまま、時間だけが過ぎてゆく。それはたまらない苦痛だ。
そんな苦痛について、個人的にも覚えがある。高校生の頃、一時誰とも目を合わせないで過ごす日々が続いていた。当然何も起こらず、始まりもしないままひどく焦燥感に駆られ、毎日書き続けていた日記には、恐るべき思考の堂々巡りが膨大な量の文字列となって並んでいった。後になって「無明」という言葉を初めて知ったとき、真っ先にその頃書いていた黒々とした日記帳のことが頭に浮かんだ。
そんな無明を開いてくれたのが、本屋での立ち読みだった。もっと厳密に言えば、たまたま近くを通りかかった自分の目を引いてくれた本の帯だった。そこにはこう書かれていた。「アパート(a part) 上には誰がいる。 下には誰がいる。隣りには誰がいるのだろうか。特別というものはなく、単に魂の過程に見合った役割の技」。あるいはこうだ。「この世界は、まったくの偶然で、別様の世界に変化しうる」。最近なら、こんな帯とも出会った。「人間はそれほど速くは変わらない」。そんな帯を目にして、はじめて自分から視線を投げ返した。投げ返すように、本を読んだ。そうすることがなければ、自分は永遠にあのままだったように思う。本の帯は、無明に差した一条の光だった。
本の帯は、本が投げかけてくるウインクだ。自然と目を引き、そして目が合い見つめあう。思わず本を手に取り、その中でこれまで考えたこともなかったような言葉と出会う。けれど、どこかはじめて会った気がしない。経験的にも、そういう感覚が起こったときは、自分の中で確実に何かが変わる。それは、あるいは人の中の惑星が「アスペクトした」瞬間と言えるだろう。そう、本の帯はアスペクトへの“予感”そのものなのだ。
実際、本の帯に注目して本屋さんの中を歩いてみると、本というものが実にさまざまな角度から僕たちにウインクを投げかけてくることがよくわかると思う。「120万部突破!」や「〇〇賞受賞作」といった大げさで尊大な帯が目につく一方、「とにかく泣ける!」という至ってストレートなものもあるし、「<絆>は麗しい言葉、だからこそ、暴力が潜んでいる」など、少しハッとさせてくるものもある。大抵、初めはこんなものじゃ自分は引っかからないぞと気を張っていても、隈なく書店を歩き回れば、必ず一つや二つ、自然と目線が吸い寄せられる帯に行き当たる。そして、不意に時が止まる。
もちろんどんな帯に惹かれるかは、好みもあれば、年を重ねるごとに変わりもする。おそらく日によっても変わる。ただ一つ確かなのは、その時々にいかなる視線に惹かれ、どんな視線を投げ返しているかにこそ、その人の心の在り様が如実に反映されるということだ。
とはいえ、よく考えてみると、自分がある対象のどこに惹かれているのか、あるいはその対象をどう“見ている”のか?という問いは非常に微妙な問いでもある。それは例えば14歳という年齢がひどく複雑な問題を孕んでおり、「第二次性徴期」や「中二病」といった一面的な言葉だけでは語りきれないのに似ている。あの頃特有の空気感のようなものは、どうにも言葉では説明しようがない。あるいは、28歳という年齢を迎える頃に多くの人が経験するであろう「自分はこれで“一人前の大人”と言えるだろうか?」というくぐもった自問と、14歳の説明できなさと、両者の何がどう違うのかを明晰な言葉で説明しようとするには、誰しもがまず一度居住まいをたださなければならないだろう。
或る惑星同士がどんなアスペクトを取っているか、またそこにはどんな意味が宿っているのかを考えるのは、そうしたこととすべからく似ている。少なくとも自分にとっては、黒々とした高校生だったあの頃、たまたま目を引いた帯になぜ惹かれたのか、そして手に取った本の中で何を見つけ、そこで何が変わったのかを考えることと等しい。本の帯ひとつで人は変わる。だとするなら、アスペクトひとつで人生が変わらないはずがない。ウインクは一瞬。そこで醒めたのか、惚けたのかのかは当人次第。時が止まったような、沈み込むようなあの一瞬を、アスペクトを通して思い出そうとしているだけなのかも知れない。
ここから宣伝ですが、来週4/22から、「アスペクトを学ぶ―西洋占星術マスター」を朝日カル新宿校さんでやらせていただきます。全3回をかけて、とことんアスペクトだけを扱うのは初めてなので、教室に持っていくだけの熱量をこれからじっくりと作り上げていきたいと思います。
天地一つの風に包まる
気づいたら風が吹いていて、季節が変わっていた。
ここ数日、特にそんな感じがしていた。
今日午後に打ち合わせに伺った会社の方とも、これで桜が散ってしまうね、
という話をしていた。なんだなんだ、もう桜の季節も終わりか。
ちょっとさみしい。
帰って、最近友人から聞いて手に入れた野口晴哉の『偶感集』をめくっていたら、
「風」と題された次のような文章が載っていた(一部引用)。
先ず動くことだ
隣のものを動かすことだ
隣が動かなければ先隣を動かすことだそれが動かなければ次々と動くものを多くしてゆく
裡に動いてゆくものの消滅しない限り 動きは無限に大きくなつてゆくこれが風だ
誰の裡にも風を起こす力はある
動かないものを見て 動かせないと思つてはいけない
裡に動くものあれば必ず外に現れ 現はれたものは必ず動きを発する自分自身 動き出すことが その一歩だ
ああ、今日吹いていた風は、どこかの誰かがそっと動いて起きた風かも知れないと思った。
そんな風に吹かれて揺れて、そわそわして、自分も思わず一歩踏み出したんだろうか。
それなら、自分が起こした風で、あるいは今日他の誰かが、どこかでゆらいだり、
舞ったり、飛んだり、声を発して、きしんで音を出して、共振したりしていたのかも知れない。
野口晴哉はそんな世界の在りさまを、「天地一つの風に包まる」と表した。
今日の心中には、間違いなくそんな風が吹いていた。
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2.1〜2.7日記
2月3日(水)
朝から体がだるい。昨日2日は正午すぎから夜9時までほとんど通しで鑑定。一昨日ついたちは昼過ぎから打ち合わせをして、次の日の始発で帰宅。週の前半から飛ばし過ぎた。終日静養。
2月4日(木)神保町と蠍座10度について
昼、神保町の古書センターの2階にあるボンディでビーフカレーを頼むが、肉が食いきれず、少し残してしまった。やはり体が万全でないときは物が喉を通らない。ランチ後に鑑定。夕方、もう一方鑑定。今日のおふたりは、それぞれ違う意味で、立春らしい人生のタイミングを感じさせる鑑定だった。それにしても、神保町の夜は特に冷える。けれど、居心地がいいのでつい長居してしまう。少しこの場所について書いておこう。
東京星図で神保町界隈は蠍座10度あたり。サビアンシンボルでは「昔の仲間と再会する食事会」。原文だと「Fellowship supper」でdinnerのように盛大で、いかにもメシを食うぞ食うぞというニュアンスはない。苦労や体験、ものの見方を分かち合うためのささやかだけれど、心のひだの奥まで何かあたたかなものが届くような場。初めて会ったのにそんな気がしない、気の置けない関係性が生まれる場。改めて、そんな場所に日本最大の古書店街があるのは不思議であり、どんぴしゃという気もする。ジョーンズは蠍座10度に、「FRATERNITY 同胞愛」というキーワードを付けているが、人はみな象徴的な意味で<家出人>であると考えてみれば、自分にとって特別な一冊を手に取り、読みふけっているときの感覚というのは、出家者や修行者が自らたどった長い労苦の道程を分かち合うような同胞愛と通じているのかも知れない。
神保町の現事務所は昨年の10月、知り合いの伝手でたまたま借りることができたが、その頃はちょうど自分の出生図の木星にトランジットの土星が重なるタイミングだった。そして今年は、プログレスでも出生図の木星にP土星が合になる。そういうタイミングもあり、これから自分が取り組もうとしているソーシャルな営みについて考えていく上でも、神保町という場所には興味深さと縁を感じる。
2月5日(金)宇都宮へ出張(商人塾)
宇都宮の岸会計事務所主催のセミナー「商人塾」でのゲスト講演へ。この仕事は2013年春から続けさせてもらっているので、もうすぐ丸3年になろうとしている。はじめは内容に悩み紆余曲折していたが、最近は「息と運」という大枠のテーマにからめて話すことにしてから、その時々に学んだり考えたりしたことをまとめるための場になっている。
今回は立春、旧暦上のお正月ということもあり、どんな心構えで新年のスタートを切っていけばいいのか、ということについて話をさせてもらった。その際、チェさんの教えや白隠禅師の『夜船閑話』を改めて参照。今回は話すことを事前にA4一枚にまとめたので、下記その内容を記載。
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新しい年というのは、古い年が舞台袖へと去っていって、新たな年と「違う」からこそ迎えられるものですよね。さて、この「違」という字ですが、これは織物の横糸を表す「緯」という字の右側に、「道」や「歩くこと」を意味するしんにょうをもってくることで、出来上がっています。
実は、この「緯」という字には、①織物の横糸、②東西の方向、左右、といった意味の他にもう一つ、③(儒教の教理を説く「経」に対して)未来の吉凶をうらなう書、という意味もあります。そうした書物の一つが占いの古典である「易経」であり、あるいはより身近な例として、皆さんが新年にひいている「おみくじ」がある訳です。
ただ、そうした時が違い、過去と未来が交錯するときというのは、たいていの人の場合、なんだかんだ過去へと後ろ髪がひかれてしまっていたり、あるいは考えごとや心配事で心がどこかへ行ってしまっていることがほとんどかも知れません。でもだからこそ、そうしたタイミングで上手にきたる未来へと心を向けかえることのできる人を、「“偉”人」と呼ぶんですね。彼らは自らの過去の失敗やトラウマだけでなく、業績や栄光にもひきずられることなく、未来へと向けかえることができるからこそ、偉人であり続けられるのだとも言えます。
では、未来とは、どこにあるのでしょうか?感覚的にで構いません。どっちと聞かれたら、皆さんはどこを指さしますか?あるいは、子どもにも分かるように教えてくれ、と聞かれたら……。
先に今日用意した答えを言ってしまうと、私たち日本人本来の考え方では、どうも未来というのは「下」にあったようです。たとえば、そのことを象徴的に表しているものに「ふる」という言葉があります。例えば時間の経過を表すときに「経る」と書きます。あるいは、未来にものものしいものが届くとき、残されているときには「古る」と書く。こうした「ふる」はまた雨のようにパラパラと「降る」ものであり、雨はそうして天地を繋いでいる。また「魂振る」といえば、弱まったり遊離するやましいを呼び起こし、鎮める呪術的行為のことを指します。
芭蕉が中尊寺金色堂で詠んだとされている俳句に「五月雨や 降り残してや 光堂(ひかりどう)」というものがあります。この句が表しているは、心中の歴史的回顧の詠嘆とされていますが、やはりここでの「降り」は、「経る」「古る」「振る」などの掛けことばとなっています。私が教わった先生によれば、この句の世界観の前提には「私たちの世界は<ふり>続けている」という見立てがあり、そしてよくよく感じてみると、そうした世界のただ中で「ふるくなれないもの=光堂」としての自分自身が見出されてくるのだ、と。これは、先程の「“偉”人」の心の在り様に近いものを詠んでいるのだと言えるかも知れません。つまり、偉人とは、どんなに時がふることがあっても、心を鎮め、まだ顕在化され切ってない、汲み尽くされていない自分自身を見出して、下へと、新たな自分へと至ることができる。つまり“偉”い人とは、つねに新たな自分を見出し続ける人のことなんです。
逆に、出世しても、ちやほれされることを望んでいたり、人に囲まれることにばかり気を取られている限り、その人はちっとも偉くない。「鎮まる」とは尖っているものの先端(△)の上に置かれた「still」のような静かさではなく、むしろ下に沈んでいくように、静の中に動がのみこまれていく(▽)中で生まれてくる滴(しずく)のようになることであって、そこにこそまだ現れ出ていない未来があり、そこへ人は、根源的に安らいでいくこと、「閑か」になることで到達することができる(cf 「閑かさや 岩にしみいる 蝉の声」)。そこは、つねに移り変わっていくもの(流行)とは異なり、あるとは言えないんだけど、それなしには私たち自身もありえないもの(「不易」)として、ふるくならずに残り続けている。仏教ではそれを「空」というのだそうです。
私たちはふりつづける世界の中で、隠されて見えなくない未来=「下」に支えられて生きている。そうだけれども、やはりというか何というか、「上」へ上へ、世に出ようと必死に浮ついてしまう、過去の自分に捕われ続けてしまうのが人間であり、浮世というものなんですね。ただ、そうして上をのぞむ人間が一方でどれだけ未来に背を向けているかを、例えば江戸時代中期の禅僧である白隠さんも、口を酸っぱくして言及しています。白隠さんが晩年に残した「夜船閑話」という書物があって、いわゆる養生訓として知られているんですが、じつはこれも「緯書」なんです。
『夜船閑話』引用。
「養生は国を守るが如し」、「明君聖主は常に心を下に専らにし、暗君庸主は常に心を上にほしいままにす」
「人身もまた然り、道を究めてその極みに達した者(至人)は、常に心気を下に充たす」「(そうすれば)七情も動くことなく、四邪に侵されることもなく、医者にかかることはない」
「「荘子が「真人は踵で息をするが、普通の者は喉(のど)で息をする」と言うのはこのことである」
→政治も養生も、下に心を向けられるかが鍵なのだと言っています。
『夜船閑話』引用。
「(易で)五陰が上にあり一陽が下にある卦を<地雷復>という。これは冬至の候である。真人の呼吸を表したものである」
「五陰が下に一陽が上に止まるのが山地剥で、九月の侯である。自然がこの気象を得るならば、林の木々は枯れ百花もしぼみ落ちる。これは、凡庸の者は喉で息をするというところを表しており、この象を得るならば、身体は衰え、歯も抜け落ちる」
「下に三陽、上に三陰のあるのが地天泰といって正月の候である。自然がこの候を得るならば万物は発生の気を含み、百花は春のめぐみをうける。至人が元気を下に充実するところの象である。人がこれを得るならば、気血の循環は充実し、気力勇壮となる。」
気が下へきちんと降りていれば、陰極まっても再び陽となる。「地雷復」の卦は、生き残っているという様を表します。それはrest余生を生きていると感じるとき、人は自然はrestore回復し、安まるということでもあります。いのちのV字回復!それを自然に行えるのが真人すなわち仙人の深く静かな呼吸なんですね。
逆に、うわべばかりで実質が衰えつき、今にもはぎ落されようとしている「山地剥」の卦は、つい浮ついてしまい、何かと現実に振り回され、呼吸も浅くなって、我が身の置き所を見失ってフラついている私たちの姿を表しています。
そしてそれら2つの対極的な卦の中間で、内に陽が入り、外に陰が押し出されているのが「地天泰」。これは天地が交わって陰陽が和している様子であると同時に、内心たけく、外面おだやかなる君子の性格も表しているのだそう。先日は節分でしたが、まさに「鬼はそと、福はうち」ですね。「泰」というのは「過不足がない」という意味でありますから、出すものを出して、入れるものを入れれば、それで一丁あがり。きちんと循環させていれば、何事も長続きするのだということですね。
このように緯書である易経は、呼吸の神髄に触れるものでもあり、それはすなわち、新たな年や、日々違っていく時を迎えるにあたって、私たちが何をどう心がけるべきかを示してくれているのだと言えます。
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講演後は、親戚宅へいき、叔父や婆さんと、入院中の爺さん(厳密には遠い親戚だが)のお見舞いへ行き、夜は事務所の新入社員歓迎会に参加させてもらう。この事務所では昨年末から「類人猿診断」を取り入れており、実際事務所の所員の方はみな、ネームカードの横に自分のタイプを記載しているのだけど、その導入成果の一つに、うまく使えば飲み会が盛り上がる、という項を加えられるなと思った。
2月6日(土)宇都宮出張(人と会う)
やっと復調。午前中はたまたま出張帰りに帰省したはとこをと久しぶりに話したりした後、改めて病院に寄った。そこで、親戚のおじさんに遭遇。まともに話したのは、たぶん小学生以来じゃないだろうか。古本屋で「こち亀」を何冊か買ってもらったことを思い出した。そこから親戚一同で昼食をとった後、なりゆきで、はとこの彼氏の車で某社まで乗せていってもらった。小さい頃から知っている親戚の女の子の彼氏と会うのは初めてではないけれど、やっぱり複雑な気分だ。もっとも、彼の方が複雑だろうが。
夕方まで鑑定。この方とお話しするのもすっかり恒例の行事のようになったけれど、まさに自分が逆に鑑定されているのだということを最も痛感する鑑定かも知れない。最初、緊張してか、気を回し過ぎたか、どこか会話に気が通わなかったが、途中で20分くらい先方に用事が入り部屋でひとりになれたので、しばらく瞑想。それから、話の方もいろいろと調子が整ったように思う。最後、仕事道具をじっくり見せてもらったのはいい経験だった。22時過ぎに帰宅。
2月7日(日)イティハーサdeシャベル
急病人が2名出たものの、漫画「イティハーサ」について語る集いを神保町で開催。この漫画は、2000年以前に書かれた(1987年に連載開始、1999年に完結)1万2000年前の日本を舞台にしたSFファンタジー作品でありながら、びっくりするほどイマ的なテーマがてんこ盛り。自分以外の人が、この作品を通じてどんなことを感じているのか興味があったので、そういう意味ではとても有意義な会だった。
イティハーサについての考察は、また改めて色々と書いていきたいが、今回は参加者のひとりが言っていた「イティハーサを読んでいると、日記を書く手が止まらなくなる」という言葉が印象的だった。確かに、読後にかなり内省が促される触媒的作品であることは間違いない。個人的には、次回はジョージ・オーウェル「一九八四年」との比較から「悪の働き」についての考察をもう少し掘り下げてみたいと思った。
なお、去年の暮れに買って不発だったプロジェクターがようやく活躍してくれ、そこでもさりげに大歓喜。打ち上げも楽しく、2回目もぜひやりたいねと話して解散。終電一本前の電車で帰宅。ちなみに、アワビの煮貝に干しホタルイカのライターあぶりは最高のアテだった。「十二六」というどぶろく、「古代甲州」というワインも◎。お酒の味を俳優やタレントに置き換えたり、相撲の決まり手や試合運びに喩えたりする遊びはぜひまたやりたい。
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1.25〜31日記
1月25日(月)
約半年ぶりのチェさんの古典勉強会に出るため中野のウナ・カメラ・リーベラへ。いつものように座禅和讃をみなで唱和してから、白隠の『夜閑船話』について、今日は改めて大枠の話。
のっけからチェさんに「法に触れる」とはつまりどういうことだと思うかね?とにじり寄られ、押し黙る。白隠はね、それは「隻手音声(せきしゅおんじょう)」なんだと。音をきいて、パッとひらめくような体験、ただしどうも、聞こえないはずの音をきくことなのだいう。ここでいう「きく」とは、耳で「聞く」ことに限定されず、鼻や腕が「効く」「利く」ことだったり、あるいは匂いのことだったり、色や味であったりする。つまり共感覚ないし、複数の感覚をうまく統合してはじめてうっすらと感受される類のものであり、そうしたものへ研ぎ澄まされていく営みの先で法は触れ得る。あるいは、聞こえるものがサッと消えたときに、はじめて聴くことができるものであり、それは沈みこむような静けさの内へ、まるで雫になったように落ちていき、下へ下へと心が鎮まっていくプロセスとも連動していると。
ここからしばらく、チェさんならではの展開で日本の古語やギリシャ語、ドイツ語などの類語の紹介連鎖が飛び石のように続いたが、総合するに、法に触れるとは、深淵へと身を鎮めていった末に到来する境地なんだ、という話であったように思う。「下なるものに支えられているにも関わらず、生きてる内にどうにも浮ついてしまうのがこの世なんだ」という言い回しは特に気に入った。人は世に出ようと、上へ上へとますます浮ついていき、人に囲まれるかも知れないが、そういう人間がどれだけ真実に背いているか、と白隠は説く。
以下、『夜船閑話』から引用。
「養生は国を守るが如し」、「明君聖主は常に心を下に専らにし、暗君庸主は常に心を上にほしいままにす」、「人身もまた然り、道を究めてその極みに達した者(至人)は、常に心気を下に充たす」、「荘子が「真人は踵で息をするが、普通の者は喉(のど)で息をする」と言うのはこのことである」。
「(易で)五陰が上にあり一陽が下にある卦を地雷復という。これは冬至の候である。真人は踵で息をするおいうところを表したものである」「下に三陽、上に三陰のあるのが地天泰といって正月の候である。自然がこの候を得るならば万物は発生の気を含み、百花は春のめぐみをうける。至人が元気を下に充実するところの象である。人がこれを得るならば、気血の循環は充実し、気力勇壮となる。」「五陰が下に一陽が上に止まるのが山地剥で、九月の侯である。自然がこの気象を得るならば、林の木々は枯れ百花もしぼみ落ちる。これは、凡庸の者は喉で息をするというところを表しており、この象を得るならば、身体は衰え、歯も抜け落ちる」など。
出世して世に浮ぼう浮ぼうと人はするけれど、「満足」という言葉を表す漢字に象徴されるよう、心気が下へ満ちることがいかに大事であるかという今日のチェさんの話、個人的には、芭蕉の「閑さや岩にしみいる蝉の声」という句や、アフリカのシャーマニズムの伝統においても感覚は五感ではなく「12感覚」とされていること、ホロスコープのMCとICのことなどを思い出し、結びつけながら聞いていた。それにしても易は息の極意にも通じるのか、と改めてハッとさせられた。
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1月26日(火)
夜、奈加野で田中さんと石川さんと飲み。深夜ラクさんと合流。アジの骨を揚げたやつが美味しいぞと思ったら元気が湧いたが、いま自分の骨を揚げてもあんまり美味しくなさそうだなと考えていたら最後かなり酔っ払った。
1月27日(水)
夜、渋谷アルカノンさん主催のバカヴァッド・ギーターの勉強会へ。3回目。アートマンとブラフマンの合一についての話。なかなか理解するのが難しいところだと思う。
個として在ることにこだわり過ぎてしまうと、人はどうしても誤ったエネルギーの使い方をするようになってしまうけれど、ちょうど波の一つ一つと海がつながっており、海から色々なエネルギーが突き上がって、それが風とぶつかりあって波ができていることに気がつけると、もっとスムーズになっていく。この波と海のたとえ話は確かに美しい比喩だし、どこか射手座2度のサビアンシンボル「白波に覆われた大海」のビジョンを連想させる。
「ダルマ(法)に触れる」とは、波が海とつながり、風を受けているように、「求められていることに気付き、受け止め、応えていくこと」という話もあり、月曜のチェさんの話とシームレスな繋がりに喜びが湧く。ちなみに古代インドのヴェーダ思想では、「下へとおのれを鎮める」とは「瞑想する」という実践へと直接結びついていく。
では瞑想とは一体何をしているんだろうか。昨年春のヴィパッサナーの瞑想合宿で一番よく言われたのは、「Observe objectlyただ観察しなさい」ということだった。今日の話でいえば、観察者としてのアートマンに即しなさいだし、グルジェフのいう「ダブル・アテンション」、すなわち、対象を見ている視線と、見ている自分を見ている視線の同時敢行をせよ、でもいい。そうしていると、波であると同時に海であるところの感覚=鎮まりが深まっていく。ちょうど電子や光が粒子であると同時に波動であり、観測前は波動として空間中に広がっているのに、観測すると波動がちぢれて粒子としての姿を表しては、それがやがて再び波動となって海へとかき消えていくのを繰り返すうち、賢治の言うような「わたくしといふ現象」としての「仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明」が浮かびあがるように。
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1月28日(木)
ここのところ、目が醒めたら最初に猫の気配を探すのがすっかり習慣になった。まず枕元の近くから、そして次第に室内に注意を広げていく。布団から出るのが億劫な冬は、猫のぬくもりが有り難い。布団を出て猫と顔をつきあわせ、それからその日のことを考える。何をするんだったっけ、今日は……。先週末に、朝日カルチャーセンターでのサビアン占星術講座と、ラクシュミーさんコラボでの参加者と2016年を占う講座をやって以来、今週は毎日そんな感じだ。
今日は近くの林試の森公園を5キロほどランニングした後、本読みながら風呂に入って、猫の世話をして、喫茶店で作業。夜は急きょ鏡さんのアカデメイアの「魔術と占星術」に関する新講座を見学に行くことになった。田中さんも来るのだと聞いた。
そういえば講座にいく前、鑑定書の書き出しを考えていて、ふと自分の出生図に重ねた土星のトランジットの動きを再確認してみようと思った。今年6月にちょうどDSCを超える一度手前まできて土星は逆行。最終調整に入り、改めてDSCを超えるのは11月終わり。
ロバート・ハンドの言葉を借りれば、それは大学1年生の春に土星がASCを通過して以来14年間のプロセスのひとつの「到達点」であり、「これまでの結果として自分には何ができて何ができないのか、自分は何であって何ではないのか、そういったおのれの再定義を、自分なりの言葉でしていくことということであり、その出来に応じて周囲から再評価されていくことになるのかも知れない」。秋までにどう固めてくれようか。おのれ。
1月29日(金)
午後から神保町の事務所で鑑定。2時間弱くらい話をして、「ちゃんと占星術の鑑定してもらうの初めてだったんだけど、落語みたいだよね」という指摘をいただいた。息の芸術。まだ道は遠い。それで今年は意味から離れ、ただなんとなくいい声を出せるようになりたい、声の幅を広げたいなど考える。それから帰り際にデヴィッド・ボーイの死後を人々がどう生きるか?ということへの私的な霊感話を聞いて、土星海王星みたいな話だなと受け止める。この反応の仕方、ややワンパターン気味かも。
夜、バランガン時代の生徒さん達と新年会。壁に水槽があったり、いかにも陳腐な合コンが夜な夜な行われていそうな内装だったけど、料理は意外とおいしくて侮れない。面子が面子なため、とりあえず3回くらい息が苦しくなるほど笑った。今日が「息」がキーワードだったかな。ちとせ会館の7階。
1月30日(土)
朝から晩まで労働。途中、女子プロレスの里村芽衣子を皮切りに、豊田真奈美、ライオネス飛鳥、北斗晶、ブル中野、ダンプ松本、ミミ萩原などの動画をYoutubeで探して見ていた。強い選手というのは、まるで一つ一つ道をふさいでいくように相手の技を受けきっていくし、瞬間的に展開を切り替えるのが上手だ。場を支配するとはどういうことなのか、プロレスを見ているとヒントをもらえるような気がする。
1月31日(日)
夕方、ドトールで作業。ここ1,2週間、ドトールの窓際の席が気に入って、何度か座っている。近くのコメダ珈琲は感覚が鈍るようで余計にボーっとしてしまうし、ジョナサンもダメ、ドトールのここがちょうどいい。この「ちょうどいい」という感覚は、おそらく「よりアウトプットが出そう」という感じであって、快適なソファーであるかとか、静かで座席の感覚が適度に広いとか、そういうことではないように思う。むしろ2つ隣りの席の会話がたまに聞こえるくらい雑然としていたり、椅子が固かったり、サンドイッチが美味しすぎない方が、本を読んだり作業したりするのには「ちょうどいい」。
夜、借りておいた『ロミオの青い空』の続きを見る。根が明るいっていうのは、なぜだか不思議に自分自身で満ち足りているということなんだ、という多分どこかで聞いたか言われた言葉がよみがえった。それが上品ってことでもあるし、太陽を生きるってことなのかなと考えてみて、腑に落ちた。逆にいえば、根が暗いっていうのは、誰かに認めてもらわないと、なにか意味のあることをしないと、満たされないということで、それが強引であればあるほど下品に映るのかも知れない。
働くことを問い直すために
6月7月と2回にわけて、仕事と占星術についてのワークショップを都内で行うことになりました。
http://www.arcanumseminars.com/sugar-work#PCuDne0.twitter_tweet_count_m
まず、仕事の意味や、働くことの意味ということで、私たちが考えるものが二つあります。
ひとつは、人のために役に立つというということ。
もうひとつは、「自己実現」できるということ。
前者はいつの時代にも言われてきたことであり、後者は近年とくに言われていることですが、
そのどちらもが見えにくく、実感しにくくなっているのが今の社会の現状だと思います。
それはたとえば、自分の「労働」がいきつく宛先とはつまりどこの誰なのか?
自己自己というが結局それも、他の誰かのおかげで成り立っているに過ぎず、
そうした「おかげ」は社会の複雑なネットワークのどこにどのように位置づけられるのか?
といった問いに答えることのむずかしさに通底しているように感じます。
かつて柳田國男は近代に入り貧困が消えるにしたがい「孤立貧」の時代がくるとして、
「われわれは公民として病みかつ貧しい」という言葉で『明治大正史世相篇』を結びましたが、
現代においても、人は過剰なまでに分断され孤立しています。
しかしだからと言って、昭和の右肩上がりの時代のように、
家族や地域、会社内の人間関係など固定された枠内でのコミュニティーや縁を、
ふたたび強固に復活させるのもまた難しい、という状況にいま私たちは立たされている。
そうした、希望の仕事に就く機会や、誰かに必要とされる感覚が、
自然に、あるいは直接的に与えられることの難しい時代に、自分は何をどうしたらいいのか。
そうした今という時代の発する問いに添いながら、
希望や機会、感覚を、ただ遂げるか潰えるか、あるかなしかの二者択一に追い込むのでなく、
人生の節目においてその都度修正し、編みなおしていく“すべ”の一つとして、
占星術をどう活用していけるか、何をどう語りうるのか、そこで働くことの意味をいかに掴みなおせるのかを、
実際の文脈を踏まえつつ、参加者の方と一緒に考えていきたいと思います。
3月の雑感
3/8、豊洲で開催された「COLO CUP Vol.6〜東日本大震災の復興と防災〜」でワンコイン占いをしてきました。収益は全額、COLO CUPが支援している防災や復興関連の団体への寄付にまわります。今回は10人くらいの人を占えたかな。
“自分のポジショニングを意識する・動きの意味を考える・それを声をだして周囲に伝える・失敗を怖がらない”
これらの事を、参加者と一緒に考え、実践するということ。言葉にすればそれだけのことだけれど、なんだか新鮮でした。
それから3/20から三日間、占星術上の新年である春分をはさんで、大阪で毎日講座や鑑定をしていて、その中で改めて占星術という行為を、安全保障や経済の在り方ということと結びつけて考えてみたいという思いが出てきました。もちろんそれは社会や国際情勢をトータルに見ていく大きな切り口ではなくて、もっと小さな切り口で。
つまり社会というものを構成している担い手の手元や足元、あるいはそこから見上げた夜空=自然の見え方や実感、それらの充実を見て行きたいんです。その一見すると小さな切り口から、閉塞した行き詰まりの中で適切な価値観を発見しにくくなっている社会を大きく動かす何かが見えてきそうな、どうもそんな予感がしています。
写真は烏丸の路上と、牡牛座の三日月と金星。
本日3月24日の夕方から4月4日まで、京都の山奥にあるヴィパッサナー瞑想センターで10日間瞑想してきます。連絡は一切できなくなります。
どうなるか分かりませんが、帰ってきたら、自分の道筋や家計のやり繰り、つながっていく共同体の在り方について、もう一度ゼロから考えていくつもりです。