身体の変化と、4月からの占星術基礎講座について

3月の頭頃に、高井戸でやっている野口整体の活元体操会へ行ってきた。
身体の動くままに任せていたら、骨盤を開こうという感じで腰をゆさゆさしていたのだけれど、
チラと見た横の女性はもっと動きがダイナミックで、さながら衣を脱ぎ捨てようとしている蓑虫のようだった。

終わった後、先生がこれから春に向けて腰やら、背中やら、身体がどんどん開いていくという話をしてくれ、最後に
「春になると変な人って出てくるでしょう?あれは身体が開いているのに頭が開かず、閉じているからなんだね。」
と仰っているのを聞いて、「頭が開く」というイメージが妙に頭に残った。

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パカっと。


ある意味、占星術というのは堅牢な頭蓋骨をあけて「意識を開く」ための実践体系と言えます。

つまり個人としての自分や身体など、一つの閉じた系としての小宇宙に、
相照らしあうものとして天なる大宇宙の展開図を重ねながら、
それらの作り出す照応関係の中に、様々な生きている実感やドラマを再発見し、
まだ眠っている可能性や、停滞し鬱屈した状態にある感情や衝動を開いていく。

見通しがきかない状態において、それはこれまで見ないようにしていた問題点や秘密を暴かれる、
ということでもあり、そこでは当然、知的で理性的な判断を超えてくるような、第六感や直観が必要とされます。

たまに占星術をやっていると言うと、「人生はすべて星の下に決まっている」といった、
ガチガチの宿命論者やそれを統計学的なことをやっている物好きな人間のように思われることがありますが、
むしろ私はどこかで理性で届かない何かをつかまえるために占星術をやっているところがありますし、
占星術自体も、変に理性的であるがゆえに「理性を超えたい」人にこそ向いていると考えています。


4月からカイロンさんでスタートする西洋占星術の基礎クラスも、
そんなことを念頭に、今回は改めて初心に戻って占星術をやっていきたいと思いますので、
興味ある方はぜひいらっしゃってください。



以下、講座詳細です。
http://www.chiron-school.com/sugar.html


■西洋占星術基礎講座(全8回)

2013年4月2日(水)スタート、隔週水曜日  

昼クラス 13:00〜15:00 

講座料1日6480円

第1回:占星術の宇宙観とその変遷を学び、「自己」を感じなおす

第2回:4元素と3様態の「バリエーション」を知り、問題点と可能性を整理する

第3回:音楽と言葉を手がかりに、星座の「クオリア(質感)」を楽しむ

第4・5回:惑星に割り当てられた役割を知り、個を「構造」的に理解する

第6回:アスペクトのもたらすドラマを学び、「関係性」を見抜く視点を鍛える

第7回:ハウスの風味や表れ方を知り、ホロスコープにおける「動き」を体感する

第8回:ホロスコープに息を吹き込むための「手順と心得」のまとめ


http://www.chiron-school.com/sugar.html

2014年の春分図雑感

20日春分の日の晩は、鏡さん宅での宴会に参加するのと並行して、
大阪でラクシュミーさんいけださん芳垣さんらのやっていた国際占星術デーUst放送に
電話で春分図についての一言コメントさせてもらった。

やはり今回は何と言ってもまず東の地平線に昇っている冥王星が目を引く。
先のUstでもこの点について少し触れたのだけれど(山羊座14度はベヘリットの度数として)、
チャート全体についてのマンデーン占星術的な詳細な読解はここでは省くとして、
この際とりあえずその一点について思ったことを書き留めておきたい。


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冥王星と「怨み」

まずASC(東の地平線)についてだけれど、マンデーンではASCは国の主体を指し、
まがりなりに民主国家である日本の場合は国民や世論を表す。そこに冥王星が乗っていれば、
国民の態度や世論のあり方に、根本的かつ不可逆的な変化が起こっていく、と解釈できる。

冥王星というのは、占星術で扱う全惑星の中で、最も対象の奥深くまで浸透する性質があり、
しかもそれをたらたらと時間をかけてするのではなく、スパッと一気にやるのが特徴だ。
だから外から見れば突然変異でも起きたか、短期間で姿形そのものが豹変したかのように見えてしまう。

そしてしばしばそうした劇的な変化は、当事者の自覚がないところで進行するため、
身近であれ赤の他人であれ、関係する他者からの尋常でないレスポンスによって初めて気が付くことになる。
というのも、冥王星は非常に激しく強い緊張や凝固をもたらし、次に圧縮されたものの噴出と爆発を起こさせるから。

例えば「百年の怨み」という言葉は冥王星の性質をよく表してくれる感情の一つだけれど、
自分の側に正義や大義があることを示すためには、「悪魔」が必要となる。
しかも大体自分と似たものを感じる相手を悪魔にして、ひどく憎んだり攻撃的になる。

00年代初頭、ブッシュがフセインに対して取った態度などはその代表だろう。
ただし、あそこに至る背景には、そもそもアメリカという国がその成立の経緯において、
差別迫害された奴隷、そしてイエスの宗教であるキリスト教の最も過激で極端な担い手の最前線として形成された、
ということが大きく関係しているように思われる。

人が差別され屈辱を受けることで抱いた劣等感や屈辱感を補償するには、
更なる弱者を作り出し、自分の受けた被害を転嫁させ、同じような目に合わせて慰みものにするのが一番だ。

つまり、そうした鬱憤晴らしが個人レベルではなく、民衆レベルの怨みとして発動した事例が、
アメリカの対イラク攻撃だったのではないだろうか。

ブッシュのあの臆面もなく他国を諌め罰しようとする態度というのは、ある種の近親憎悪だろうけれど、
忘れてはならないのは、イラク攻撃はブッシュの独断ではなく、アメリカ国民の過半数の支持を得てのものだったということだ。

このような「怨み」の発動は、怨みを抱いた当事者自身を困惑させたり、あるいは、
自分が何らかの強制力の犠牲や被害者になったかのように感じさせるかも知れないが、
確実に言えることは、もしそう感じたとしてもその原因は外側ではなく内側にある、ということ。

今年は特に、世論が極端になり、主張が激化した時こそ、自分の内側に立ち戻るよう、気をつけておきたい。



■怨みの鎮め方

ロブ・ハンドはASCへの冥王星合の際に大切なこととして、「自分自身に触れろ!」と書いているけど、
それは心の死角に溜め込み、意識の上ではすっかり無かったことになっている過去の鬱憤や忘れている記憶に光を当て、
そこにある受け入れがたい“邪悪(ねじ曲がり)”や“弱さ”と対面せよ、ということだ。

そのためには、心の奥から不意に「許しがたい、罰していい、復讐してやる」といった精悍な残忍性が顔を出してきた時、
潜在意識の中にある怨み、つまり劣等感や怒り、トラウマを補償しようとする強力な欲求がいかにして心の内に住み着いて、
どうやって自分の意識に入りこみ、自分を支配するようになったのかを理解し、認識しようとしてみる必要があるだろう。

特に、自分くらい「邪悪さ」というものから縁遠い人はいないだろうと思う人であればあるほど、
無意識的に悪への傾向を持っているのが普通であり、注意した方がいい。
“まっとう”な自分を不安にさせる悪夢というのは、潜在する怨みから湧く泡のようなものであり、
罪人とそうでない者の差は、ほとんどの場合、社会的状況や生まれた環境の差でしかない。

例えば、恵まれた才能があってもそれを否定され、あるいは環境に使うことを許されなければ、やがてそれは悪として現れる。
ただ、そこで復讐しようとする気持ちの大きさというのは、当初は善へと向かおうとした気持ちの大きさと同じであり、
まったく同質のエネルギーと言っても過言ではないだろう。

逆に言えば、ある人が自分の才能を使って人の役に立つ仕事をする衝動というのは、悪への衝動の特殊な現れ方の一つといえる。
風邪は薬、病いは治療であり、悪への傾向は善への傾向と同じ、過去の自分を超越しようとする衝動の異なる側面に過ぎない。

つまり「邪悪さ」というのは、自分を突き動かす衝動が、場違いな環境、間違ったやり方で発揮された際の現われなのであり、
「自分がどこで何をすべきなのか分からない」という事態は、即ち、心の内に邪悪さを住まわせ、怨みを抱くことに通じている。

先のキリスト教的な怨みというのは、元を辿れば「自分は虐げられた/だから復讐してやる」という奴隷的な感性に遡ることができたが、
案外、この怨みというのは、出生図に生きづらさを解消するヒントを見出そうとしている、多くの人の悩みと表裏一体なのかも知れない。

(世界の中の日本という観点から考えても、この場合、アメリカ的な支配衝動に応じようとしている「経済的な奴隷根性」と言ってもいいだろう)


以下、『月刊全生』より野口晴哉氏の言葉を抜粋しておく。
怨みと向きあい、鎮めていく上で参考にしたい。

活元運動(※)を行っている人々は、自分の裡にはかりきれない程のちからのあることを自覚します。
自覚は又ちからです。

自分の裡のちからに気づかない人は、少しのことにおびえたり威張ったりして、
冷静にものごとの経過を、特に自分のことだと見極められませんが、
ちからを自覚した人は自ずと、その時そのように対処する構えをしております。
同じ人かと思われる程異なって見えることも少なくありません。

健康であるということはつくりあげるものではない、
自然のことだというような簡単なことでも、
生きるちからの自然のはたらきを知り、
そのちからがあることを自覚した人でないと、
平素はそういっても、イザという時には乱れてくるものです。
自覚ということはちからです。

※活元運動(かつげんうんどう)とは、昭和20年代野口晴哉が提唱した野口整体の要素のひとつで、身体自らが不調を回復する動き、またはそのための体操法・行法。(wikipediaより)

ひらさわさんの記憶

先日実家に帰った際、棚の整理がてら大学生時の日記を読み返していたら、ある時期に「愛すべきふつうのおっさん、ひらさわさん」という人物が頻出していた。

日記によれば、ひらさわさんは中学卒業後に上京し昭和33年に初就職、いじめが原因で1年で田舎に帰るも、矢も盾もたまらず1年で家出。
"元祖フリーター"になったそうだ。その後40年以上にわたる非正規雇用契約社員生活を送ってきたらしい。

初めてひらさわさんと会ったのは、駅前のマックだった。
別の日雇い労働者風の男とふたりで、ひらさわさんは血液型談義に花を咲かせていた。

「O型は目標がないと生きていけない」
「B型はすごい」
「AB型はピュアすぎて駄目」
「A型はバハが好き(バッハのことだと思われる)」

ひらさわさん自身が何型なのかは結局よく分からなかったが、ものすごい決めつけをしているなと思った。
でも、それはそう思うに至るまでの様々な体験の凝縮したエッセンスでもあったのだろうと、むしろ僕の関心をひいた。

ひらさわさんはよくランボーの話をしていた。
わずか20年で詩人生活を閉じ、37歳で武器商人として死ぬまで、長期間の、破壊的で計算された錯乱によって見者となった彼に、自分を重ねていたのかも知れない。

「日本はムラ社会だから、芸術家のことが分からない。みんな他人を基準にして生きてる。でも、詩人は人のマネをするようになったらおしまいだね。」
と言った時の、言葉とは裏腹のなんでもないような顔は印象深かった。

自分のことを
「顔はやくざみたいだけど、心はナイーブだから」
と言っていた、全然やくざ顔ではない、ひらさわさんの顔。
ずっと忘れていたけれど、最近ふと思い出していた。

秘密はすでに見えている

「心理占星術」などと言ってみても、占星術家によって解釈体系はてんでバラバラだし、結局それは個々人の中にしか存在しない。ということについてここのところ考えていた。ユング心理学も畢生ユング自身のための心理学であり、厳密には彼ただ一人においてしか存在しない、というのと同じ意味で。

先日、若松英輔さんと鏡リュウジさんの井筒俊彦の背景をめぐる対談(以下、「対談」)について書くなかで、イマジナルなエラノスについて触れた(地理的ないし歴史的なエラノスではなく)けれど、そこにあるのは概念ではなく、ただただ「なまなましいもの」、触れえるものだった。

だから、私たちは「正統な/あるべき/正しい心理占星術」について語ったり、思い描いていくとき、その“もの”を見失い、自分の思い描いているものの外にこそ何か正しいものがあると錯覚してしまう。つまり「正しい」という言葉は、本来「自分が信じている/感じている」という意味でしかない(若松)。

そういう意味では、自分の中で信じられていたり、すでにあるものを想いだしたり、感じなおしたものだけが「心理占星術的」だと言えるし、翻って心理占星術の実践とは、そうした想いだしや感じなおし、思い当たりを書き加えていく行為に他ならない(ただしこの場合の「書く」とは、テクストとしての生の書き換えへ通ずる)。

ホロスコープを出して、なにか計算したり、記号をいじくっていると、何かふつうの世界からは隠されたものを特別に解読しているというふうな話になってくるけれど、実際には秘密はそこらじゅうに目に見えているし、ただその意味や文脈に気がつかないだけ。例えば夢をみると、大抵の場合イメージは脳裏に残っているけれど、その意味はよくわからない。ただ、なんとなく引っ掛かった状態でしばらくしていると、ハッとその意味が分かる時がある。それは必ずしも心理学の言葉で全て説明できるわけではないし、その必要もないけれど、兎に角「思い当たる」のだ。そしてその瞬間、リアリティーは編み直され、テクストは一瞬で書き換わる。

そういうことを素直に認識できるかどうかが、心理占星術との付き合いでは大切になってくる。というのも、心理占星術的な営みを長く続けていると、ふっと夢から覚めるように、どうしてもなまなましさから遠ざかってしまい、すべてが疑わしくなってしまうこともあるし、かと思うと不意に、再びグッと引きずりこまれ、すっかりその状態にハマって、より直接的に感じていられることもあるからだ。対談で鏡さんはそれを「ボケたりサメたり」と言っていたが、記憶が確かならば、ずっと以前はそれを「メビウスの輪」と言っていた。人間、変わるときは一瞬で変わる。戻ってくる。そういう一瞬を感じとるということができれば、それはそのまま心理占星術の実践そのものだと思う。

あるいは対談の別の箇所で、「占い・占星術・オカルトがなぜ怪しいか?それは、生きているから。市場があるから(鏡)」という発言もあったが、それは確かにそうだろう。それらで扱っている秘密は、現に私たちの生きている経済や生活圏内にすでに当たり前のように組み込まれ、かつ動いている。そうなると、そこで人に問われてくるのは、知識などではなく、人としての感受性(その開け)だろう。どこを通って、いつ変わるのか。その中身と経路、気配について。

エラノス精神と、ともし火について。

昨日の晩、井筒俊彦全集の刊行を記念して開催された若松英輔さんと鏡リュウジさんのトークショーに行ってきた。
その内容がとてもすばらしかったので、備忘録もかねて少し書いておきたい。
http://www.junkudo.co.jp/mj/store/event_detail.php?fair_id=3268

テーマは、「井筒におけるエラノス」。つまり『意識と本質』が書かれた基盤と背景について。

1933年にフレーベという女性神秘家が、かのルドルフ・オットーの提言によりスイスのアスコーナの地で知的なサークルを作ったのがエラノス会議の始まりであると言う。以来、60年以上にわたってエラノスは、異なる知の領域からなる様々な思想家たちが、人間の精神に関するさまざまな事柄を討議するための接点として、その役割を果たしてきた。ユングの高弟ノイマンなどは「世界のへそ」とも評したそうだが、もともとはサナトリウムがあった場所らしい(鏡)。

そういう意味でも、エラノスは「エッジ」=垣根の上にあると同時に、逃げ込み寺=「シェルター」でもあったし、
そこに集う人々は「近代において、きわめて分が悪い、負け戦をしていた(鏡)」。

ではそんな彼らにとってのエラノス精神とは何だったのか?
それは「見えないものが見えるものを支えている、ということに尽きる(若松)」という。
言い換えれば、合理的・因果論的な捉え方ではなく、必ず共時的な捉え方をするということであり、
井筒の言う、東洋というのも、西洋的な啓蒙(「エンライトメント」)から漏れ出ていった「残余」なのだ。

あるいは、なにか一文字を、誰かからばーんと目の前に突き出されたとき、現代の日本人であるわれわれは、その言葉の“意味”を読み取ろうとする。なぜこの文字を突き出してきたんだろうか?とか。人生と言われれば、人生の“意味”とは何か?とつい「考えて」しまう。

そういう意味として読み取られるもの以外のすべて、意味の「余白」こそが、井筒のいう「東洋」なのであり、
それは物理的に限定された場所を指すのではなくて、イマジナルな領域としての、存在論的な「天使の住処」なのだろう。

したがって、そこでは、「「感じる」ことに積極的実在を認めていく(若松)」という態度が大切となってくる。
これは、よく分かる。

たとえば、一枚の絵をみて「これは○○派」とか、ある人の発言や文章を読んで「それは○○主義だね」いったふうに、概念として捉えるのではないということ。ミロのヴィーナス像を目の前にして何かを感じたとき、そこには「もっとなまなましいものがあるだけで、概念というのはない(若松)」はず。

これをジェイムズ・ヒルマンに即せば、「−ism(主義)と言っている場合は悪口で、動詞形で語っている場合はその逆(鏡)」。
つまり、なまの「感じ」というのは概念で固定化した瞬間に、死ぬということだろう。

そして、そういう「感じ」や「なまなましさ」によってこそ捉えられる何かやその地平を、エラノスに集った人々は、「ある」と「ない」のはざまにあるイマジナルだとか、ヌミノース、マクロコスモスとミクロコスモスのあいだにあるメディウムコスモス、M領域だとか、それぞれの言い方で語ってきたし、ユングが言っていたのも、「そういう場を確保しておかないと復讐されますよ?」ということ(鏡)。

文学者ジョルジュ・ベルナノスは、
「(中世では当たり前だった)悪魔のリアリティーがなくってきたのが近代」だと考えていたし、
「悪魔の願いというのは、自分の存在に人間が気付かなくなること」なのだそうだ(若松)。
これは理想の王の治世を考えると得心がいく。

だからこそ、「ほんとうに感じていることを考えよう」
「考えるとは、真向かうこと、交わること」(若松)。

例えかすかな予感であれ感情であれ直感に過ぎないものであっても、
自分の感じたことと真剣に向き合うということ。それが考えるということ。

そしてその結果、
「「正しい○○」、「自分は正しい」というところから、少しずつ離れていく、それでも生きているということを感じよう。」
「不完全性を知るところから、(愛というより)情愛ははじまる。(若松)」


確かに、天使や悪魔のいない思想-史というのは、ひどく味気ない。




トークショーに行った翌朝、幼稚園児たちが哲学するドキュメンタリー『ちいさな哲学者たち』を見た。
そこに登場する4歳の彼らは、大人と違って先入観がなかったし、「感じていること」に正直だった。

だから、こちらがうまく誘導し、“それ”を外へ向かって出す=表現する回路を作ってあげれば、語られる言葉はそのまま哲学になる。初めはぎこちない子どもたちの会話も、回=会を重ねていけば、そこにはうっすらエラノス精神さえ宿しはじめ、それと入れ替わりに、誘導役だった先生は脇役に回らざるを得なくなっていく。やがてそれは、各々の家に持ち帰られ、家庭内の対話に火をつけ、波は広がり、硬直化した何かがほどけていく。

そこには間違いなく、ひとつの哲学、ひとつの思想が生まれるときの「振動ないし躍動(若松)」の姿があった。

ドキュメンタリーの冒頭、幼稚園の先生は、取り囲む子どもたちに真向かい、カエルの仮面をつけてからこうささやく。

「さあ、目をつぶって。頭の中にはなにがある?なにが見える?」

・・・・・・。

ひとしきり間をおいて、一本のロウソクに火を灯したら、授業開始だ。すべてはそこから始まる。




意識と本質―精神的東洋を索めて (岩波文庫)

意識と本質―精神的東洋を索めて (岩波文庫)

『色彩という通路をとおって』(志村ふくみ)

今週に入って、ぽちぽちとユリイカのシュタイナー特集号(2000年5月号)を読み返している。

特集ページの冒頭に志村ふくみの『色彩という通路をとおって』という見開き2頁ばかりの短い文章が載っているのだけれど、
それで改めて、彼女の文章の素晴らしさについて感じ入ってしまった。

「緑は生命の死せる像である」
この言葉は何か矛盾にみち、難解である。しかし私がずっと謎のようにつぶやいていたこの言葉とどこか符合するような気がしてならない。
「緑は生と死のあわいに明滅する色である」
当時私がこんなことをつぶやいても誰も耳を貸してくれなかった。前にあらわれる緑が現世の空気に触れた瞬間に消えてゆくのを証明する手だてをもたなかった。「目の錯覚」「単なる酸化現象」に過ぎないと。



春先に野に萌えいづる蓬のみずみずしい緑の葉汁を布や糸に染めても数分で消えてゆく、藍甕の中に入れた糸をひき上げた瞬間の、目もさめる緑(エメラルドグリーン)は空気に触れた瞬間に消えてゆく。緑はどこへゆく、この地上に溢れる緑とは何?なぜ染まらないの。



かつて、「ゲーテの色彩論の真実を世の中に証明してみせたい。」といったシュタイナーの念願が常に胸の裡にある。植物から抽出される色彩の一端からそれが見えてこないかと。闇にもっとも近い青と、光にもっとも近い黄色の、ゲーテの発見した際(きわ)の色から誕生する過程を目の前に存在する藍甕の中で証明することはできないかと。

感想

シュタイナーに関しては、「アストラル体」とか「エーテル体」と言われてしまうと、まったく他人事のようでリアリティーを感じられないが、時代的なフィルターが強くかかっているという意味で、それをうまく外していければやはり興味深く感じる。

日本の近代史を通してユングやシュタイナーを理解しなおしていく、ということもいずれやっていきたい。